1998年11月03日
“読み物”のこと 2
- マイケル・クライトン
〜アンドロメダ病原体〜
『ジュラシック・パーク』 や
『スフィア』
など、映画の原作小説や脚本、そして映画監督としても有名なマイケル・クライトンのメジャーデビュー作。
『アンドロメダ病原体』
を手にしたのは 『渚にて』 と同じで、
『スターウォーズ』 を契機とするSFブームの頃です。表紙の写真にそそられて買い求めました。
‘71年に映画化され、
日本では 『アンドロメダ…』
のタイトルで公開されました。その1カットが表紙を飾ってたんです。
数年前、ダスティン・ホフマン主演で
『アウトブレイク』
という、未知の出血熱ウィルスを扱った映画がありました。この映画でも、ウィルスの研究管理施設の状況などがよく描かれていましたが、『アンドロメダ病原体』
は20年以上も前に、ウィルスや細菌研究の最先端を描いています。
もちろん多くの取材を重ねたのでしょうけど、20年前に大学生が描いたものとは…。今さらながら、クライトンの才能に脱帽します。
『アンドロメダ病原体』
は、隕石に付着して宇宙から飛来した未知の病原体と、その特定と撃退に奔走する米国機関の物語です。
『アウトブレイク』
同様、時間との勝負ってな様相も手伝って、ずいぶんハラハラドキドキできる作品です。
映画 『アンドロメダ…』
のできも良いですね。レンタルビデオで見るのも一興です。
- ジェームス
P. ホーガン
〜未来からのホットライン〜
ハードSFの勇として君臨してきたホーガンですが、最近はSFと違ったタッチの作品が多いですね。
ホーガンと云えば、
『星を継ぐもの』 を始めとする
《巨人たちの星》
シリーズが代表作ですが、蝉にとっては
『未来からのホットライン』
の印象が強く残ってるんです。
『未来からのホットライン』
は、レーザー核融合発電所とマイクロブラックホール、そしてタイムワープってな単語を結ぶ設定がとてもよく出来ていて、さすがハードSFの第一人者と唸りました。
レーザー核融合炉は、大阪大学の
《光陽》
が世界の先端ってなこともあって、日本のSFファンはそれなりに原理を知っている方が多いかも知れません。本書で炉のメカニズムを説明するくだりは、
《光陽》
の技術解説と照らし合わせても遜色ないんじゃないかな?
『未来からのホットライン』
はタイムマシンものですが、ホーガンだけあって、一ひねりも二ひねりもしてる読み応えある作品です。そして、ちゃんと楽観主義は踏襲されてます。
- クリフォード・ストール
〜カッコーはコンピューターに卵を産む〜
インターネット普及以前、 arpanet
や専用線時代のネットワークハッカーの追跡物語です。
主人公はもともと天文学者で、思いがけず大学のコンピュータの管理を任されます。そしてある時、ハッキングの痕跡を見つけ、世界を股に掛けた大追跡劇がはじまります。
天文学者と天才ハッカーのいたちごっこ。しかし、徐々に天文学者はハッカーのしっぽに手が届こうとします。
『カッコーはコンピュータに卵を産む』
はノンフィクションで、著者は主人公本人です。この物語に描かれる事件は、日本でも比較的大きく取り上げられました。その報道の真相が克明に記されてる訳ですね。事実は小説よりなんとやら。良質なスパイ小説って感じで、とてもエキサイティングな作品です。
田舎の友人に、TV感覚で本を読むすっごい読書家がいますが、この作品は彼に薦められて借りた本です。コイツに薦められて読んだ本は多いです。彼は読むスピードも速いし、それでいて読んだ本を忘れないんですよね。不思議です…。
- 高千穂遙
〜ダーティペアーの大冒険〜
アニメ 『機動戦士ガンダム』
のモビルスーツが、ロバート・A・ハイラインの
『宇宙の戦士』
に登場するパワードスーツにヒントを得ているって、当時、アニメ雑誌で知りました。そして、パワードスーツを絵に描いて広く知らしめたのが、《スタジオぬえ》っていう高千穂遙さん主催のSFデザイングループとも紹介されてたんです。それが、高千穂遙の名を知った最初でした。
ちなみに、『宇宙の戦士』 は
『スターシップ・トルーパーズ』
の名で、昨年(‘97年)映画化されています。残念ながら、パワードスーツは描かれていません。しかし、『エイリアン2』
で描かれています。映画のラスト、リプリーがエイリアンクイーンとタイマンするのに使ったのがパワードスーツの一種です。あれにフル装甲を施して、赤外線暗視装置やレーダーなどの各種センサーに加え、重火器とFCS(火器管制システム)を組み込んだのが
『宇宙の戦士』
に登場するパワードスーツです。
閑話休題。高千穂遙の名とアニメーションは、蝉にとって切れない関係です。『クラッシャージョウ』
の原作者ですし、『超時空要塞マクロス』
では、《ぬえ》がメカニックデザインを担当しました。高千穂遙氏の小説には、ガンダムのキャラクターデザインをした漫画家の安彦良和氏が挿し絵を描いています。
また脱線しますけど、『超時空要塞マクロス』
が昨年深夜枠で再放送されたんで、十数年ぶりに見てみました。いやぁ、あんなのに熱狂した事実が我ながら不可思議です。あれはなんだったんでしょうかねぇ?でも、映画
『超時空要塞マクロス
愛・おぼえていますか』
は、今でもたのしめましたけどね…。
まぁ、そんな訳で、アニメブームの当時登場した
『ダーティペア』
シリーズの第一作目である本書が、高千穂遙さんの小説を読むきっかけになりました。面白かったから、本シリーズはもとより、『クラッシャージョウ』
シリーズも読破する事になります。(と、気負う作品でもないですけど…だから、面白いんですけどね☆)
その後、 『ダーティペア』
もアニメ化されましたね。
ダーティペアが印象に残るのは、人の命は地球よりも重いなんて詭弁を一切排除してる点ですね。主人公は、未来の国際連合系特務機関のトラブル処理専門エージェントふたり組。しかも現代ならば、まだ女子高生ってなぁキュートな美女。
アニメも手伝って有名な、ケイとユリのお二人です。
そんな彼女たちの仕事ってのは、多くの場合、1億人救うために200万人を犠牲にしなければ解決不可能ってな事態に立ち向かうことなんです。しかも、解決までが彼女たちのお仕事。
はっきり言って、深刻に物語をすすめられては救いがありません。だから、いろんな舞台装置で事態を幾重にもオブラートに包んで、読者に嫌悪感を抱かせないよう努めてます。
そして、主人公たちにもクレアボワイヤンスという免罪符が与えられています。いわゆる千里眼と呼ばれる超能力で、未来の出来事を、幽かなイメージとして主人公に知覚させるマジックです。イメージを与えるのは作者であり、そのイメージが示唆する未来は、変更不可能な事実として主人公たちの行動を縛ります。この結果、事件の結末に伴う犠牲は、劇中では運命という名の下に合理化されるわけですね。
一人称、しかも会話口調で物語を進めるってのは、 新井素子さんがこのスタイルを確立させたそうですけど、ダーティペアもこのスタイルです。新井素子さんの小説は漫画作品を対象にした人気投票に紛れ込んで上位を獲ったほど、漫画の読了感に近い印象を与えるスタイルです。ダーティペアもやっぱり漫画のようで、とっても読みやすくて馴染みやすいですね。
- L.M.
モンゴメリ 〜赤毛のアン
(グリーンゲイブルズのアン)〜
『赤毛のアン』
の名は、多くの方がご存知でしょう。
10年ほど前に映画化されました。とても素敵な作品で、好きな映画のひとつになっているほどです。
蝉にとっての
『赤毛のアン』
は、20年ほど前に宮崎駿さんの演出で作られたアニメーションが原点になってます。
当時、ぼくらの学校の歴史教師が、「このアニメーションは良くできていておもしろい」
とずいぶん奨めてました。でも、男の子ですからね。女の子の物語を見るのは抵抗があるわけで、結局見ませんでした。
その後、書店で文庫の
『赤毛のアン』
を見かけ、件の教師の言を思い出し、手にしたんです。
いやぁ、一気に読まされてしまいました。こんなに面白いとは正直思ってなかったですね。
後に再放送で、アニメ版も堪能しました。今では映画版同様、レンタルビデオ店にも並んでいます。
内容については、言及しません。シリーズ全体で見れば大長編ですが、
『赤毛のアン』 つまり
『グリーンゲイブルズのアン』
自体は400ページほどの文庫一冊の手頃なボリュームです。
お読みでなかったら、この機会に読んでみては如何でしょうか。
ただ、私は 『アンの青春』
以降のシリーズを読んでません。魔法が解けてしまいそうで、その気になれないんです…。
余談ですが、「神は天に在り、世はことも無し」ってな言葉で、モンゴメリは
『赤毛のアン』 を締めくくってます。
God's
in his heaven, all right's with the world.
…原典は、ロバート・ブラウニングの劇詩
『ピッパが通る』(ピパは過ぎゆく)。その 《朝の詩》
の最後を飾る一節と、訳注にはあります。
さて、一昨年に大ブームとなったアニメーション、
『新世紀エヴァンゲリオン』 で登場する
NERV
という組織のマークはイチジクの葉をモチーフとしてますが、縦に分断された葉っぱと
NERV
のロゴを取り巻いて、この言葉が記されていましたね。
- ティム・パワーズ
〜アヌビスの門〜
この頃には、刺激を求めて書店の新刊コーナーをぶらつくこともしばしば。かつての蝉からは、想像もつきません…。
『アヌビスの門』
、帯で買う気になったのか、タイトルが気に入ったのか忘れてしまいましたが、偶然出会った作品です。
アヌビスとは、エジプト神話の死の神ですね。頭はジャッカル,身体は人間の姿をして、死者を裁きの場に導くとされています。ギリシア神話のヘルメスと同じ役割ですね。映画
『スターゲイト』
で、アヌビス神の姿が異星人として描かれています。
さて、魔法が出てきますが、SFといってもいいんじゃないかな?ハヤカワ文庫では、ファンタジーに分類されています。内容は、タイムトラベルものですね。作者は18世紀の英国史に造詣が深いようで、20世紀から旅立つ先はビクトリア時代の英国です。そして、主人公はエジプトへと旅します。
女性読者を拒む雰囲気を感じましたが、18世紀という時代がよく描けているせいなんでしょう。
近代以前では女性の社会的地位が低かったためか、歴史が良く書けている小説では特に、女性の登場人物が気の毒に思える作品は多いですね…。中世なんかだと、ルネッサンス紀のイタリアを描いた小説以外は特にねぇ。
この小説は、煎じ詰めれば、現代人の主人公が18世紀を旅する冒険譚です。現代人が18世紀に放り出されたら、それはもうかなり過酷な状態が予想されますけど、それをリアルに描いているため、陳腐さを感じません。お陰で、読者が深く主人公に感情移入できるのかも知れません。
はまれる作品です。
パワーズの小説は、 『石の夢』
と 『幻影の航海』
がハヤカワ文庫FTから邦訳出版されています。
『石の夢』
はバイロンやシェリーを登場させた吸血鬼もの、
『幻影の航海』
は未読ですが、やはり18世紀を舞台にしたホラー・ファンタジーのようです。
『石の夢』 は
『アヌビスの門』
に劣らず、愉しめました。
尚、 『アヌビスの門』
は早川書店SFマガジンの‘93年度ベストSF第一位にランクされてるってことを、最近知りました。
- 酒見賢一
〜後宮小説〜
『後宮小説』
は、日本ファンタジーノベル大賞の第一回受賞作だったと思います。記念として、「雲のように、風のように」
というタイトルでアニメーション化しTV放映されました。お陰で、
『後宮小説』
と件の賞を過小評価して、本書を読んだのは文庫も数刷を重ねた後でした。
後に見た書評では、シンデレラ+三國志+金瓶梅+ラストエンペラーのおもしろさってなことが謳われてました。で、アニメーションは昼間の放映ってこともあって子供向けにアレンジしたんでしょうねぇ。脚本家の腕の見せどころだったでしょうに、『金瓶梅』
の部分と 『三國志』
の凄惨さを省いただけなものだから、作品の醍醐味が消し去られてしまったんでしょう…。アニメは凡庸です。
さて、小説 『後宮小説』
を評して、「シンデレラ+三國志+金瓶梅+ラストエンペラーのおもしろさ」ってのは、言い得て妙でしょう。そして、さすがは日本ファンタジーノベル大賞作品です。
『童貞』 や 『墨攻』
でもわかるように、酒見氏の歴史観は非常にユニークですし、もちろん慥かな知識に裏打ちされた、読者を納得させる力も持ってます。そして、『陋巷に在り』
のように、ジャンルにとらわれない柔軟さと、珍奇さを読者に意識させないテクニックがあります。
『後宮小説』
はこれら作品の原点として、酒見賢一氏のエッセンスを垣間見ることができると思います。
中編なんで、読了まではそれほど時間掛からないと思いますが、もっともっと長ければいいのにぃ〜って、読了するのが惜しくなるほど愉しい作品です。
“読み物”
のこと 3 へつづく